文芸評論

  • ¥ 1,980
  • この世の空白とは何か。28歳で人生に区切りをつけた笠井美希入魂の文学、映画、写真論が繰り広げられる。 マルグリット・デュラスの名で映画『愛人/ラマン』『ヒロシマ、私の恋人』を思い浮かべる人は多い。デュラスの初期作品『太平洋の防波堤』に於いて笠井美希の研究がはじまる。いや、研究というよりも自分の存在を確かめるかのよう自由自在ににのめり込んでゆく。その背景にはバッハウ収容所が、ヒロシマが、マリー・サンローランが、寺山修二が次々と現れてくる。 生と死を見つめ続けた28年の人生を記す。 詩は告白なのだろうか。表面上は理論的ではないけれど、詩を生み出そうとしている者の内面を確実に表現し、暴露する。内面の感情、言葉による一定の形式をとらずに沈殿する「何か」を外へ引きずり出そうと、格闘する。そこに生み出す者対「何か」だけでなく、生み出す者対言葉という対立関係も存在している。生み出す者は一度に二つの怪物を相手にしなければならない。(「クァジーモドとタブッキ」より抜粋)1997年20歳 著者 笠井美希 発行所 七月堂 発行日 2018年7月26日 四六判 411ページ

  • ¥ 1,760
  • 野村喜和夫を究める 1987年の第一詩集『川萎え』から2016年『よろこべ 午後も 脳だ』まで野村喜和夫の作品を詳細に読み解く。 また野村喜和夫本人の監修による「全詩集解題」「略年譜」も収録。野村喜和夫研究の先駆けとなる一冊である。 野村喜和夫の詩を読むことは、楽しい体験である。私にとって、野村の詩を読むことは、良質な音楽を聞くのに似ている。良い音楽を聞くとき、私たちは、音楽を聞くという行為そのものを味わっている。音楽を聞いて、何かを考えたり、何かを感じたりするのではなく、音楽を聞くという行為そのもの、聞くことそのものに私たちは没頭している。同様に、野村の詩を読むことは、読むことをそのものが快楽であり、快感である。読めば意味は取れるし、感じるところもあるが、読むという行為そのもの、字を目で追うという行為そのものが快楽であり、快感である。なぜだろう。私は他の詩人にはこのような読むことそのものの快楽や快感を感じることはない。なぜ、野村の詩に私はそれを感じるのだろうか。(「序」より) 著者 杉中昌樹 詩論集 2017/07/01発行 発行所 七月堂 A5 並製 本文232ページ

  • ¥ 2,200
  • 読書会で読んだ100冊の本 (編者)内田道雄/内田きぬよ 本とふれあう、豊かさ 国文学者である内田道雄宅、庭のやまももの木に見守られながら行われた読書会の記録。今年で10年を迎えた読書会、開催は100回を越えた。 取り上げられた本のジャンル、年代は多岐にわたる。そんななかで共通しているのはこの読書会がもつ豊かで穏やかな時間だろう。作品に真摯に向き合い、それについて語らう時間は何とも贅沢で清々しいものだ。 読書の手引きとして、もちろん読書会に参加している気分でも楽しめる。 内田道雄・内田きぬよ 編集 文芸評論 2016/10/15 発行 七月堂 B5 並製