七月堂

  • ¥ 1,760
  • 【出版社内容紹介】 1975年に刊行された同名の短編集から3編をセレクトし、復刊。 人と人とのすれ違いを描いた表題作はアメリカ文学史に残る傑作。 小説を読むことは「レンブラントの帽子」を読むこと、読み続けることだ。 ぼくはそんなふうに思う。 ――巻末エッセイ 荒川洋治 著者 バーナード・マラマッド 訳者 小島信夫、浜本武雄、井上謙治 装丁 和田誠 発行所 夏葉社 発行日 2010年5月 四六判 160ページ

  • ¥ 2,750 SOLD OUT
  • 音の台所さんの絵本『くもこちゃん』と、『くもこちゃん』が誕生するきっかけとなった、宇田智子さんのエッセイ『那覇の市場で古本屋』をセットにして送料無料でお送りいたします。 「くもこ」という、美しいもの、貴重なもの、宝物をさす、今は使われなくなってしまったなんとも愛らしい響きの琉球の言葉から広がる沖縄の景色や音をご堪能ください。 宇田智子『那覇の市場で古本屋』 【出版社内容紹介】 市場通りは行き交う人も本もおもしろい。今日も淡々と店番中。 日本一大きな新刊書店の書店員から、日本一狭い古本屋の店主へ。 〈ジュンク堂那覇店が開店するときに東京から異動してきた私が、 その二年後にひとりで古書店を始めるとは、自分でも思いもしなかったー〉 市場通りは行き交う人も本もおもしろい。三畳の帳場から眺める、日々の切れはしを綴った、著者初めてのエッセイ集。待望の、と言ってもいいでしょう! 著者:宇田智子 発行所:ボーダーインク 発行日:2013年7月 221頁 音の台所『くもこちゃん』 むかしむかし沖縄には くもこ色という言葉がありました 今は使われなくなった言葉です くもこ色ってどんな色でしょうね? 今日も沖縄の空を飛ぶくもこちゃん 首里の空 ヤンバルの森 島々の海 くもこちゃんはどんな色かしら? 宇田智子さんのエッセイ「くもこ」を読まれたことをきっかけにこの物語は始まりました。 2018年に音楽紙芝居「くもこちゃん」が、この度絵本として誕生しました。 巻末には、絵本にでてくる絵と言葉を詳しく解説をした「くもこ辞典」も収録されており、沖縄の文化や伝説や気候などにふれることができます。 著者:音の台所 発行所:七月堂 発行日:2020年3月9日 サイズ:160㎝✕160㎝ 並製 中綴じ 24頁 ※海外への発送は送料無料の対象外です

  • ¥ 1,980
  • 【出版社内容紹介】 〔ルバイヤートとは〕 「四行詩」を意味するペルシア語「ルバーイー」の複数形。九世紀半ば以降の中世ペルシア文学の中でペルシア詩最古の詩形とされています。短く平明な言葉、流麗な文体で、心の赴くままに詠うことができます。詩の形式上の取り決めに対して、詩の想念が優先する詩形といえます。 中世ペルシアの四行詩集「ルバイヤート」の日本初の英・日対訳詩画集。フィッツジェラルドの優れた英訳と竹友藻風の流麗な邦訳、そしてバルフォアの美しい挿絵に彩られたルバイヤートの世界をご堪能下さい。 著者 オマル・ハイヤーム 英訳 エドワード・フィッツジェラルド 訳者 竹友藻風 発行所 マール社 発行日 2005年11月 A5判 128ページ

  • ¥ 2,200
  • 生き物たちの安全で安心な楽園はどこだ みーんなこの地球の仲間たち おはようございます 小笠原鳥類の入門書ともいえる一冊。 編集や装丁は、詩人の榎本櫻湖によるものです。 現代詩手帖やフリーペーパー、ブログなどに発表された詩に書き下ろしの作品を収録。 よいことがあると、いい。あの、ええ、 それが、とても、いい。 とても、穏やかに、うれしい、ことが、いい。 あの川に、いろいろな、種類の歌が 魚が(魚の図鑑は歌の図鑑だ)楽譜が…… 泳いでいて、魚の背中が見える。 魚は透明なので、内臓も見えるだろう健康な。 健康な健康だ、 魚のウロコがたくさんあって、それらの 輪郭の線が黒くなって、見える。 黒い絵、というものが、あった。魚を描いたんだろう 魚の図鑑が、画集で、あって 版画、だった。版画の群れ。 ─中略─ 魚の、とても、光る、部分である。版画で描くなら 金色を少しだけ使うだろう。よいことが 光っているのが、よい。いい。 よいことがあると、いい。 おそろしい未来が来ないのがよい。魚の 版画を集めた本を、ギギギギギーと開くと、 「明るい未来もある」と、書いてあった。 どうなんだろうなあ、よいことが、 あれば、とても、よい。いい。歌うだろう それから魚を描くだろう、魚の ウロコたちの線をたくさん描くだろう。 背中にウロコがたくさん描かれるだろう。背中を 濃い灰色で塗った。水彩で描いた。 とてもよいことになればよい。よいことが、 あれば、いい。おはようございます (「魚の歌」より抜粋) 著者 小笠原鳥類 発行所 七月堂 発行日 2018年6月10日 四六判変形 113ページ

  • ¥ 1,100
  • 小沼純一第五詩集 手のひらにおさまってしまうような小さな詩集。 音符のように、つま弾かれた言葉が散りばめられる。 意味をつかみそうになるとそれから逃げるようにして、詩の声がそっと歌い出す。 […] sotto そ っと そ っ と とめ くる めくる めく そっと そっと よむ よ よんで よみ よみ かえす み かえす み かえし み ゆれて ゆ っくり ゆれ て ゆみ は ずれて や はずれ よみ はずれ て […] 小沼純一 KONUMA Junichi 「し あわせ」思潮社 1989 「アルベルティーヌ・コンプレックス」七月堂 1992 「いと、はじまりの」思潮社 1994 「サイゴンのシド・チャリシー」書肆山田 2006 著者 小沼純一 発行所 七月堂 発行日 2020年4月15日 100㎝×110㎝ 144ページ

  • ¥ 4,400
  • 西田幾多郎と瀧澤克己の交流の真実から日本思想史に迫る 西田幾多郎と瀧澤克己の交流は、昭和8年から20年までの12年間。西田は京大退職後の晩年、瀧澤は20代半ばから30代半ばの壮年期の頃となる。二人の間には62通ほどの書簡が残されているが、全て西田から瀧澤宛てのものである。西田は来簡を保存する習慣をもたなかったからだ。 書簡の全体は学問上の子弟関係の上に成り立ち、生活の多岐にわたる話題で綴られている。戦争の拡大、破局へと向かう中で右翼からあびた非難への言及や疎開などの話題から、敗戦後の思想界への思いを若き研究者に託す文面になる。 500頁にわたる第一巻の第一部「書簡にみる交流」は全書簡の公開と分析。第二部はテキストにみる交流、第三部は宗教論にみる交流、第四部は交流の真実へと迫ってゆく。 特に宗教論における「西田と仏教」、「瀧澤とキリスト教」という視点の展開は圧巻である。 著者 前田保 発行所 七月堂 発行日 2018年9月9日 四六判 489ページ

  • ¥ 2,750
  • 髙塚謙太郎詩集 「詩」と「歌」が一体となって届けられる時、その「ことば」には新鮮な美しさが宿る。 髙塚謙太郎3年ぶり5冊目となる新詩集!! 書き下ろし、私家版詩集、ネット上で公開された「〈末の松山〉考」などを収録。 広い紙面のうえ、新しい構図で詩篇の解体と展開を試みた。 限りなく無意識にちかい意識のなかで、自由に飛躍する詩のことば。 読むほどに広がってゆく髙塚謙太郎の織りなすことばの美しさに、何度でも出会えるだろう。 「目次」 七竅 Blue Hour HANNAH 花嫁Ⅰ 〈末の松山〉考 あ文字のいた夏(マイ・サマー・ガール) Memories 花嫁Ⅱ 「背のすらりと、 抜けていく気がしたから。 思えばテレビの明るさ、静かさ、 暗さがこんなに女のひとのほつれて、 立ち姿が聞こえてくる。 水の溜まった視細胞はわたしは深く、 深さは、ひとかきで闇をやぶって、 映りこんでしまった手の白かった。 文面のまま、 春を待って 会いにくるとは。」 ─本文より抜粋 著者 髙塚謙太郎 発行所 七月堂 発行日 2019年7月15日 A4判 253ページ 【送料ご選択時にご注意ください】 *1冊 →「クリックポスト」 *2冊以上 →「ヤマト宅急便」

  • ¥ 1,320
  • やすらいはなや やすらいはなや 文字をつかって言葉をつらねるとして、愉楽をもたらすものが果たして何なのか、とかんがえてみますと、それはまちがいなく韻律の仕掛けによっているということがわかります。流麗さもさることながら、摩擦の多い韻律であってもそれは変わりません。むろん黙読をするときに幽かに脳の舌先で転がされる韻律のことです。もちろん言葉ですから、そこに意味と名指される何かは付着するわけですが、意味が愉楽をもたらすわけではありませんので、いうなれば添えものに過ぎないのかもしれません。ただし、言葉がもつ幾重もの意味の層が常に揺れつづけることで色がひろがり、私たちの脳である種のリズムが生まれてくることも確かで、韻律といった場合、単なる音韻上のリズムをさすわけではなさそうです。――髙塚謙太郎 髙塚謙太郎 著 詩集 2016/07/15発行 130×205 A5判変形 並製 第二刷 発行 七月堂

  • 20%OFF ¥ 1,584
  • 西尾勝彦(アイデア)×七月堂(製作) 「空白の日を、大切に。」 この度、詩人の西尾勝彦さんのアイデアを元に、七月堂から「のほほん手帖 2020」を発売することとなりました! 新しい年に「スケジュールから解放されるのほほんな日々」のお供としてご利用いただけましたら幸いです。 【手帖仕様・内容詳細】  ・外寸 104×195×9  ・内寸 90×190  ・上製 糸かがり  ・年間カレンダー  ・この手帖の使い方  ・マンスリー   2019年12月~2021年1月   新月と満月の日を表記   二十四節季表記(コメント付)   西尾勝彦さん手書きの「今月ののほほん」   ひと月4ページ使用(マンスリー + フリーメモ3ページ)   月曜始まり ・フリーメモ  16ページ(5mmドット罫線) ・付録  14種類ののほほんの種が書かれた栞 ・使用紙  表紙 TS-1 S-3 100kg  見返し ポルカ トウフ 90kg  本文 キンマリV 57.5kg  表紙文字 西尾勝彦 (箔押し グリームホイル つや消し銀2B) 印刷・製本 渋谷文泉閣

  • ¥ 1,650 SOLD OUT
  • たとえば、歩くだけ、ただいつもの道をゆっくり歩くだけで見える景色が変わる。 のほほんとしたモノ たくさん見つけてみましょう  函館の路面電車  シトロエン・アミ8  公園のシーソー  丸いちゃぶ台  ガリ版刷りの小詩集  平宗の柿の葉ずし  草色のトンボ鉛筆  温かいジャスミン茶  よもぎあんパン  梅干しのお茶漬け まだ あるはず (「第二部 のほほん生活の様子」より抜粋) 『のほほんと暮らす』刊行に寄せて 『のほほんと暮らす』は、僕なりの幸福論です。 どのように日々の生活を送れば穏やかさや安らぎが得られるのか。そのヒントがたくさん詰まっています。すこし詩的な実用書として書きました。 多くの人に読んでいただけたら幸いです。 ─西尾勝彦 著者プロフィール 1972年生まれ。京都府出身。奈良市在住。 35歳の頃より、天野忠、尾形亀之助などの影響を受け詩を書き始める。 主な詩集に『歩きながらはじまること』(七月堂)、『光ったり眠ったりしているものたち』(BOOKLORE)などがある。 詩的実用書 2019/03/09発行 B6判変形 120×155 上製 カバー・帯・栞・別冊付録「のほほん自由手帖」付 帯文:長谷川書店水瀬駅前店 長谷川稔 『のほほんと暮らす』は、『のほほんのほん』(2014・私家版)と『のほほん自由手帖』(2017・私家版)を元に再編集と加筆を行い作られました。

  • ¥ 2,200
  • 西尾勝彦詩集『歩きながらはじまること』 言葉の「森」がここにある 奈良の山で暮らす詩人、西尾勝彦のポケットには、どんぐり、石ころ、いろいろな形の葉っぱや木の実。たくさんの宝物がつまっているに違いない。 『朝のはじまり』、『フタを開ける』、『言の森』、『耳の人』に加え、私家版『耳の人のつづき』を収録。 いつからか 素朴に 暮らしていきたいと 思うようになりました 飾らず あるがままを 大切にしたいと 思うようになりました そうすると 雲を眺めるようになりました 猫がなつくようになりました 静けさを好むようになりました 鳥の声は森に響くことを知りました けもの道が分かるようになりました 野草の名前を覚えるようになりました 朝の光は祝福であることを知りました 人から道を尋ねられるようになりました 月の満ち欠けを気にするようになりました 遅さの価値を知る人たちに出会いました 一日いちにちが違うことを知りました ゆっくり生きていくようになりました 鹿の言葉が分かるようになりました 雨音が優しいことを知りました 損得では動かなくなりました わたしはわたしになりました (『言の森』より「そぼく」) 著者 西尾勝彦 発行所 七月堂 発行日 2018年3月7日 四六判変形 並製 112×155 本文 344頁

  • ¥ 770
  • 七月堂での本づくりの際に使われる紙を使って作ったメモ帖です。 メモ部分も表紙部分もそのときに在庫している紙を組み合わせているので、作るたびに組み合わせが変わります。 第1弾の組み合わせは「モンテシオン×アラベールナチュラル」。 製本はBindery kuutamoさんの手製本です。 メモ部分に使ったモンテシオンは、少し凹凸のあるしっとりした紙なので鉛筆との相性が特にいいです。 製作 七月堂 製本 Bindery kuutamo 発行 2019年冬(No.1) 使用紙  本文:モンテシオン 60kg  表紙:アラベールナチュラル 130kg 表紙タイトルフォント ARP楷書体M 奥付フォント A-OTF リュウミン Pro サイズ 104×190mm

  • ¥ 1,320
  • 峯澤典子、第三詩集。 ぬくもりはじめた 祈りのかたちに 冬が 訪れる この〈旅〉は、通り過ぎていく景色の印象を残しながらも、別の空間、時間を移動しているようだ。ふとした気配が記憶を呼び覚ますように、うす暗い空の下、それでも光を求めて彷徨う。 マッチを擦っても 新年の雪みちには犬の影もない ひと足ごとに 夜の音が消えてゆく 冷気を炎と感じられるほど ひとを憎むことも 許すことも できなかった せめて てのひらで雪を受ければ いつまでも溶けない冬が ふたたび訪れることはない病室へ流れていった それを流星と呼んでいらい わたしの願いはどこにも届かない それでも星は 清潔な包帯のように流れつづけた(「流星」) 第二詩集『ひかりの途上で』(七月堂)で、第64回H氏賞を受賞した峯澤典子さんの最新詩集です。 峯澤典子 2017/02/01発行 発行所 七月堂 四六版 並製カバー付 カバー・表紙デザイン:吉岡寿子

  • ¥ 1,731
  • タケイ・リエ第三詩集 あっ、晴れた。 手さぐりでたよりない闇のなかをすすんでいくと、 見慣れた風景がまあたらしくうまれかわっている。 なつかしい景色がまばゆい光につつまれて、 はだかの街路樹もかがやいている。 (帯文より) 図鑑を眺める。眠るまえのせかいはやさしい。だから、気がとおくなるほどたくさんのいきものが食べて食べられる世界を眺める。まよなかの、まんてんの星の下に無数の国。赤いろ。青いろ。緑いろ。夥しいかずの屋根の下で。多様なにんげんの図鑑もひろがる。 (中略) うまれてくるひとよりもしんでゆくひとのほうが多くなってきて、ようやくさしせまったと感じるなんて身がすくむような思いがする。わたしたちはいったいだれから、救われればいいのだろう? いまこのことについてだれかとはなしあいたいのに、だれとはなしあったらいいのだろう。あなたの考えている本当のことがわからない。悩んでいたらみえない動物が近づいてきて、はなしが通じる言語を習えって言うの。それが愛情だろうって言うの。おかしいよね。いまからでもまだ遅くないんだって。本当に、覚えられるのかな。せかいはとても広くてプールみたいになってしまった。大きな水溜まり。あるいは、砂漠のようなもの。だけど、はだし、はだかでも、大丈夫なんだって。本当かな。本当なら、服を着ているのがじゃまになるかもしれないね。あなた、いっしょにぬいでくれる? あなたがいっしょならわたしだってもう、こわくないんだよ。 (「ミーアキャットの子は年上の兄弟からサソリの狩りを学ぶ」より抜粋) タケイ・リエ 岡山県生まれ 詩誌「どぅるかまら」「ウルトラ」「Aa」同人 詩集『コンパス』(ブロス) 詩集『まひるにおよぐふたつの背骨』(思潮社) 詩集 著者 タケイ・リエ 装幀:伊勢功治 発行所 七月堂 発行日 2018年9月30日 A5判変形 92ページ

  • ¥ 2,970
  • ネット詩へのオマージュ 国立博物館に安置 ではなく 陳列 されているテーベ出土のミイラは 生きていた期間よりも そうとう長く死んでいる 生誕 そうだな推定三千年を祝して ポケットウイスキーを すばやく飲んだ (「国立博物館」) 経験値がマックスになると 大人という称号をもらえます そこで成長は とまってしまうけれど イベントはおわらず そのあと如何に がんばるかが 見どころのゲームです (「新作ソフト」) 著者 みつべえ 発行所 七月堂 発行日 2019年9月29日 A5判変形 484ページ

  • ¥ 2,750
  • 「人は死者という存在になる」 『LEIDEN 雷電』に書き継がれたものが集結した。 終結ではないことを記したい。 幸いな人間は生まれて家族と共にある。 育ってゆく中で「自分はなぜこの家族といるのか、本当の親はどこかにいるのではないか」と考える子供がいる。 その一人が日下部正哉だ、と思うのは勝手なのだが、父親と祖父の関わりの描写などは冷静かつ暖かい。 実生活の体験記でもあるように感じる小説なのだが、描写の卓越した言葉には思わず引き込まれてしまう。 時間に余裕が有る時に頁を開くことを勧める。 ついめくってしまうと風呂も入らずに朝を迎えてしまう。 著者 日下部正哉 発行所 七月堂 発行日 2019年11月1日 四六判 405ページ

  • ¥ 1,760
  • 世代を超えた同胞への留別としたい 、と南川隆雄は呟く。 南川隆雄の幼年時代、戦中戦後の体験が記されている。 空襲と被災、疎開、敗戦、食糧難など戦中戦後の生活の実態を54篇の「詩」と15篇「文章」で書き遺す、と著者は言う。 もう過去の事はたくさんだ、という人も多い。 しかし、歴史の真実は言葉によって語らずして、未来の誰に伝えられるのだろうか。 著者 南川隆雄 発行所 七月堂 発行日 2019年10月31日 四六判 149ページ

  • ¥ 1,320
  • 注目の詩人、櫻井周太の『明るい浜辺』につづく第二詩集。 からりとした 洗濯日和の朝に 君のかなしみから 電話があって 待ち合わせてると 僕の影から 生えてきた きのこ さもしい きのこ 増えてくるので はやく来てほしい 君のかなしみ (「朝のきのこ」より) 【著者プロフィール】 1989年 和歌山生まれ大阪育ち 私家版『明るい浜辺』2017年11月20日発行 2017年 第1回日本現代詩人会現代詩投稿欄新人賞 著者 櫻井周太 発行所 七月堂 発行日 2018年9月3日 四六判 84ページ

  • ¥ 1,980
  • 「三島の死」を通して社会と言葉の本質へ切り込んでゆく。 「三島の死」はその後の社会思想を変えてゆくきっかけをつくった。 多くの人々は彼の死をさまざまに語る。 歪曲され、同調され、利用された。 三島のその言葉は本当に精査されたのだろうか。 秋元潔の粘り強い視線が三島の深層へと切り込んでゆく。 著者 秋元潔 発行所 七月堂 発行日 2019年10月25日 四六判

  • ¥ 1,430
  • 詩の言葉によって再生される、都市の捨てられた風物、名指されぬ人びと、止まった時間。 煙草の吸い殻みたいに褪色して、それでも揺るぎなくそこに在る「不在」を、私たちは確かに目撃するだろう。 (小林坩堝) 駐車場の隅に置き去りにされたカートがあり 人類最後の日にもおそらくそれはあり続けるだろう やがて土に還っていくひふを前に 逸脱を許さない骨だけが 垂直に空をさし 発語の手段は持たない これが文字なのだとすれば 耳元で響く母語はなつかしかった 錆び付いていく鉄骨が 時の経過を告げる 二車線の道を挟んで 向かいのバス停は傾いてあり 歩道の落ち窪んだ辺り かつてリュックを背負った男はいて 名も知らない その男はどこへいったか バスが来ても乗らず 時折ひとに話しかけては 何を考えているのかは分からなかった 発語される文字は文字の形のままに たちまち空へ吸われていき ビルの屋上 SOSのフラッグが揚がったこともあったその柵の辺り 今は赤い風船が浮かんでいる それを手放した 幼子の 行方も知れず 薄闇に反応した 外灯がともる 駐車場に 草のなびく音だけが立ち 解析されない監視カメラ 回る (「誰も知らない」) 著者 一方井亜稀 発行所 七月堂 発行日 2019年11月1日 四六判 85ページ

  • ¥ 1,650
  • 言葉を理解する私達の方程式はこの詩集には通用しない 藤井晴美の言葉は日常生活の時間のように何気なく通り過ぎてはくれない。 言葉を読み解く、聞き解く「方程式」が有るとすれば、それは社会の中で教育され、生活の中で訓練されることで会得する。 藤井晴美が綴る言葉は時として猥褻で暴力的に飛んでくる。 飛んでくる言葉は私の「方程式」をことごとく破壊する。 言葉が渦巻く列車に乗せられたあなたはこの試練に耐えられるだろうか!? 「たか子ね、あれ実は私の妹なんだよ」 「まさか、じゃ、あの小説は実話だと……」  富士額の異様な赤ら顔の男、「ぼくはサルですよ」と自嘲気味に言ってアッハハハッと大声で笑う。それは自然な笑いではない。彼の詩の言葉のようにどこかぎくしゃくして顎がズレている。  結局そういう現場は人々を醜悪にさせる。 (「よくアパートのドアのところにいる黒い猫の話」) 著者 藤井晴美 発行所 七月堂 発行日 2018年12月31日 B6判

  • ¥ 2,200
  • オディッシーダンスが創る宇宙を体験する English version is also available! オディッシーダンサー高見麻子は2007年11月3日にこの世を去った。 この本は高見麻子の手紙、エッセー、絵、写真など、教え子でもある田中晴子による編集で仕上がった。 オディッシーダンスはインドの古典舞踊である。 歴史の中で衰退することも有り、少年の女装で踊られることもあった。 タゴールダンスに惹かれ、クムクムラール氏に出会いオディッシーダンスに魅せられた高見麻子は、日本からインドへ、そしてインドからアメリカへ。 クムクムさん、康米那(かんみな)さん、サンジュクタさん、ラルフレモンさん達と出会う。 出会うべくして出会った人々との交流がさらに日々を深めてゆく。 本書より 「麻子とコンテンポラリーダンス」 文 ラルフ レモン 麻子がオディッシーを踊っている姿を見ると、僕はいつも泣いてしまった。 ふたりで踊りを創ったとき、彼女はたいへんオープンだった。とにかくなんでもやってみようとしていた。そして、それは時間のかかることでもあった。(チベット仏教の)多羅菩薩のような静かなる激しさでもって動いているときでさえも、彼女の動きには崇高とも言える本質的な静けさがあった。 初めていっしょに創る作業を始めたとき、どの曲だったのか覚えていないが、彼女がオディッシーを踊る、その側で僕は即興的に踊ってみた。彼女は僕のことを気に留めていないようだった。僕の存在は彼女の邪魔ではなかったし、僕は創造的に邪魔にならないようにしようとしていた。麻子は自分の領域に立って(踊って)いた。彼女の踊りのスピリットは、豊かな空間を周囲に持っていた。なんとなんと優しい空間だろう。 2回目には、僕は彼女に即興的に踊ってみてはどうだろうと頼んだ。僕のモダンダンスのグループといっしょに。ダンサーたちの中で、彼女は凍りついたように立ちすくんでいた。じっと静止したままで、周りで起きていること全部を見ていた。僕たちは彼女のまわりで踊った。彼女の知らない、見たこともない踊りの言語で。ほとんど20分ほどになるか、彼女はじっと止まったままだった。目を大きく見開き、あらゆる情報をできるかぎり取り入れていた。取り入れたものを噛み砕くために、その時間を使っていたのだ。スタジオでのあの日以来、彼女はあらゆることを試してみた。毎日、ふたりの作業は進み育っていった。そしてそれは「Tree」(2000年)という劇場で発表する、一公演分の長さの作品に発展していった。彼女の恐れを知らない(そしてしなやかな)包容力のある体は、異国情緒あふれ、確固たる、そして根源的に必要とされるなにかを付け加えながら、動いた。僕のモダンダンス実験にとっては非常に特別な感じで。 麻子はまた、すばらしい表現者だった。彼女のパフォーマンス―その時間、そのエネルギー、その空間。僕がいっしょに創造したダンサーの中には、彼女のようなパフォーマンスができるものはほとんどいない。麻子はダンスの天才だと思う。 (ラルフ レモン:振り付け師、モダンダンサー、コンセプテュアリズム アーティスト。2015年、前米国大統領オバマ氏からNational Medal of Artsを受賞。ラルフと麻子は、コンテンポラリーダンス作品「Tree」を2000年に発表した。) Asako and contemporary dance Ralph Lemon I cried every time I saw her dance Odissi. Asako was exceptionally open in our work together. Would try anything. But would take her time. Her time was evanescent. She had a sublime constitutional stillness, even when moving with all her Tara-like quiet fierceness. When we first began working together I danced, improvised along side an Odissi dance she shared (I can’t remember which one). She didn’t seem bothered; I was not a distraction, which is what I was creatively attempting. She stood (danced) her ground. Her dancing sprit had such a generous space around it. The second time we worked together I asked her to improvise, with my group of modern dancers. She stood frozen within the group. Stock-still, watching all that was going on. We danced around her in a movement language she didn’t know, had never seen, for a good twenty minutes and she never moved. She was using that time, eyes wide open, to take in the information, as best she could, her translation. After that day in the studio she tried everything, everyday as our work together grew and became an evening length theater-dance work titled, Tree (2000). Her fearless (and gentle) capacious body moved in a way that was quite special for my modern dance experiments, adding something foreign and emphatic and ultimately necessary. Asako was also a remarkable performer. Could hold a performance, time, energy and space like few dancers I’ve ever worked with. I think Asako was a dance genius. (Ralph Lemon is a choreographer, modern dancer, and conceptualism artist. He received the National Medal of Arts from the former President of the United States of America Mr. Obama in 2015. He and Asako together created a contemporary dance presentation Tree in 2000.) 著者 高見麻子 編者 田中晴子 発行所 七月堂 発行日 2019年4月19日 A5判変形 198ページ

  • ¥ 2,200
  • 掬いあげたイメージは 鋭く透明な詩となって、 逃げ水のような現実を、 どちらへ進めばいいか教える。 欠けていても誇らしく、 わたしたちは夜明けに向かって 歩きだす。 (帯文・北爪満喜) 会社から帰宅して玄関を開けると 月が玄関マットの上にいた 電気を消した部屋はうつむいた月の明かりで 灯篭流しの川の薄明かりを思わせる 夜空が恋しいというので 月を冷凍庫に入れてみたら ここはさむいと泣きだした 凍った月を電子レンジに入れて解凍する ぐるぐる回る月は目を回し 電子レンジから飛び出してきた スマートフォンのメッセージアプリを起動して 何もメッセージが来ていないことを確認する 透明なサラダボールにソーダ水を注いで 月を半身だけ浸からせる クレーターの上で乾いた月の涙を ソーダ水で流していると 私の目から涙が流れた それは私の涙なのか 私の祖先が流した涙なのか 月は懐かしそうに 私の頬に触れるのだった 遠い昔 山あいの峠近くの家で 祖母と過ごした冬 ぷにぷにとしてやわらかいでしょ、と 祖母が私に祖母のかかとを触らせた ほんとうだ、やあらかい 声は綿毛になって祖母の丸い頬にくっつく 祖母は私の足の裏を指でくすぐる 明るい声を弾かせると 縁側から真昼の月が目に入る 祖母の作った塩おにぎりを頬張りながら 半身が隠れた球体を 片手で作ったわっかに浮かべた ソーダ水から出てきた月を バスタオルにくるませベッドに寝転がす 私が入浴を終えて部屋に戻ると 月がアルバムを見たいと懇願する この家にはないことを告げると この家には何があるのかと聞いてくる 私は何も言えず 苦笑いをした もう帰る、と 月がつぶやいた どこへ? 咄嗟に投げかけた問いは 月に発したのか 私自身に発したのか ベッドの上に並べられた虚無を月に見られて うつむいた瞬間 私は自宅の玄関の前に立っていた 凍った空気に背中がひやりとした 振り向いて アパートの廊下から夜空を覗きこむ 狼の毛皮のような空には 何も浮かんでいなかった (「月」) 著者 沢木遙香 発行所 七月堂 発行日 2019年4月30日 四六判変形 116ページ

  • ¥ 2,200
  • 道元『正法眼蔵』を詩集として超訳! 芸術学者の梅原賢一郎が、道元の『正法眼蔵』を詩集として超訳しました。 読解を洗濯の「洗う」と「干す」の要素に例え、「意味に汚れた語句をゴシゴシと洗う言葉」と「汚れの落ちた語句を時空のなかに干す言葉」にの二章に章立てする。 洗濯には二つの要素がある。 一つは、汚れのついた洗濯物をゴシゴシと洗うこと。 一つは、汚れのおちた洗濯物をピシッとのばして大空のもとに干すこと。 道元の言葉を、ちょうどそのような洗濯の要素に対応させるようにして、二つに分けることができる。 一つは、意味に汚れた語句をゴシゴシと洗う言葉。 一つは、意味の汚れの落ちた語句を見いだされた時空のなかに干す言葉。 いまここに、前者を「洗い屋さん・道元」として、後者を「干し屋さん・道元」として、道元の『正法眼蔵』の言葉を訳(超訳)し、一冊の詩集を編む。 (「はじめに」より抜粋) 著者 梅原賢一郎 発行所 七月堂 発行日 2019年3月23日 四六判 123ページ