小説

  • ¥ 2,750
  • 「人は死者という存在になる」 『LEIDEN 雷電』に書き継がれたものが集結した。 終結ではないことを記したい。 幸いな人間は生まれて家族と共にある。 育ってゆく中で「自分はなぜこの家族といるのか、本当の親はどこかにいるのではないか」と考える子供がいる。 その一人が日下部正哉だ、と思うのは勝手なのだが、父親と祖父の関わりの描写などは冷静かつ暖かい。 実生活の体験記でもあるように感じる小説なのだが、描写の卓越した言葉には思わず引き込まれてしまう。 時間に余裕が有る時に頁を開くことを勧める。 ついめくってしまうと風呂も入らずに朝を迎えてしまう。 著者 日下部正哉 発行所 七月堂 発行日 2019年11月1日 四六判 405ページ

  • ¥ 1,650
  • その編み目に狂いはなく欺瞞はなく、そこにはいきなり生の、真実の「小さい」感触が入ってくる。(笙野頼子) 上亜紀の言葉で編まれたケープは軽やかで美しい。 灰色猫が登場し私たちの前を尻尾を揺らしながらちゃぶ台の下を潜ってゆく。その尻尾を目で追いながら「私には尻尾が無い」と羨ましがっているのは誰なのか。 おしゃべりな灰色猫は阿佐ヶ谷のカフェの黒猫の噂話を始めるのだ。陳さんと魏さん、劉氷の噂は凍死寸前の山羊たちから聞いたかどうかは分からない。 笙野頼子の解説は笙野頼子の小説かもしれない、と灰色猫は七月堂に喋ってくれた。  次は北原6丁目、とアナウンスが響いて、背広の山羊が降りていった。続いて牛のような動物が降りていったのだが、牛にしては小さすぎて後ろ姿はロバのようにも見えた。牧民でもないくせによけいなことを、という声が頭の上で響いた。顔を上げるとマンションの掃除人が共有廊下を掃除するときに着る赤と緑のジャンパーを着て立っていて、あれは遺伝子操作に失敗したんだよとにやりと笑い、モップの先でその牛のような動物の後ろ姿を指した。私はこの男を何回か見かけたことがあった。いつも息を切らしてマンションの玄関や郵便受けを掃除しているのだが、あの掃除人はそうやっていつも一心不乱に掃除するふりをしながら何かよからぬことを考えているのだというふうにマンションの住人たちは思っているらしいと母は言っていた。掃除しながら何を考えようとそんなことは勝手だが、現在バスにモップを持って乗っている掃除人の目つきは乗客を監視しながら隙あらばモップで小突いてやろうと確かにそう考えているようだ。野辺山動物病院前で、私はこの男と一緒に降りることになるのだろう。そしてモップで追われながら、角から三つ目のオートロックマンションの自動ドアの前に立たされるのだ。 (「チャイナ・カシミア」より抜粋) 著者 川上亜紀 発行所 七月堂 発行日 2019年1月23日 四六判変形 165ページ

  • ¥ 1,650
  • 優しさの文学 数奇な工人佐藤誠とその家族。父は芸術の魂をひろい、子はその魂を分析する。工人と物書きとの心の再会ともいうべき小説の一つの典型を示した秀作短編集、復刊。 ―こけし職人の名工だった父、その父と離ればなれで暮らさなければならなかった家族。父の生きた途と自分とのかかわりあいをとおして、貧しさは自分のなかの何を傷つけたか。自分はその痛みのなかで、何を超えて生きてきたのか、また生きていこうとしているのか。この作者はその「論理」をつかみだそうと手さぐっているように私には思われる。―山根献(文化評論) 著者 佐藤光良 発行所 七月堂 発行日 2018年3月1日 文庫判変形 221ページ