詩集

  • ¥ 2,200
  • 生き物たちの安全で安心な楽園はどこだ みーんなこの地球の仲間たち おはようございます 小笠原鳥類の入門書ともいえる一冊。 編集や装丁は、詩人の榎本櫻湖によるものです。 現代詩手帖やフリーペーパー、ブログなどに発表された詩に書き下ろしの作品を収録。 よいことがあると、いい。あの、ええ、 それが、とても、いい。 とても、穏やかに、うれしい、ことが、いい。 あの川に、いろいろな、種類の歌が 魚が(魚の図鑑は歌の図鑑だ)楽譜が…… 泳いでいて、魚の背中が見える。 魚は透明なので、内臓も見えるだろう健康な。 健康な健康だ、 魚のウロコがたくさんあって、それらの 輪郭の線が黒くなって、見える。 黒い絵、というものが、あった。魚を描いたんだろう 魚の図鑑が、画集で、あって 版画、だった。版画の群れ。 ─中略─ 魚の、とても、光る、部分である。版画で描くなら 金色を少しだけ使うだろう。よいことが 光っているのが、よい。いい。 よいことがあると、いい。 おそろしい未来が来ないのがよい。魚の 版画を集めた本を、ギギギギギーと開くと、 「明るい未来もある」と、書いてあった。 どうなんだろうなあ、よいことが、 あれば、とても、よい。いい。歌うだろう それから魚を描くだろう、魚の ウロコたちの線をたくさん描くだろう。 背中にウロコがたくさん描かれるだろう。背中を 濃い灰色で塗った。水彩で描いた。 とてもよいことになればよい。よいことが、 あれば、いい。おはようございます (「魚の歌」より抜粋) 著者 小笠原鳥類 発行所 七月堂 発行日 2018年6月10日 四六判変形 113ページ

  • ¥ 1,100
  • 小沼純一第五詩集 手のひらにおさまってしまうような小さな詩集。 音符のように、つま弾かれた言葉が散りばめられる。 意味をつかみそうになるとそれから逃げるようにして、詩の声がそっと歌い出す。 […] sotto そ っと そ っ と とめ くる めくる めく そっと そっと よむ よ よんで よみ よみ かえす み かえす み かえし み ゆれて ゆ っくり ゆれ て ゆみ は ずれて や はずれ よみ はずれ て […] 小沼純一 KONUMA Junichi 「し あわせ」思潮社 1989 「アルベルティーヌ・コンプレックス」七月堂 1992 「いと、はじまりの」思潮社 1994 「サイゴンのシド・チャリシー」書肆山田 2006 著者 小沼純一 発行所 七月堂 発行日 2020年4月15日 100㎝×110㎝ 144ページ

  • ¥ 2,750
  • 髙塚謙太郎詩集 「詩」と「歌」が一体となって届けられる時、その「ことば」には新鮮な美しさが宿る。 髙塚謙太郎3年ぶり5冊目となる新詩集!! 書き下ろし、私家版詩集、ネット上で公開された「〈末の松山〉考」などを収録。 広い紙面のうえ、新しい構図で詩篇の解体と展開を試みた。 限りなく無意識にちかい意識のなかで、自由に飛躍する詩のことば。 読むほどに広がってゆく髙塚謙太郎の織りなすことばの美しさに、何度でも出会えるだろう。 「目次」 七竅 Blue Hour HANNAH 花嫁Ⅰ 〈末の松山〉考 あ文字のいた夏(マイ・サマー・ガール) Memories 花嫁Ⅱ 「背のすらりと、 抜けていく気がしたから。 思えばテレビの明るさ、静かさ、 暗さがこんなに女のひとのほつれて、 立ち姿が聞こえてくる。 水の溜まった視細胞はわたしは深く、 深さは、ひとかきで闇をやぶって、 映りこんでしまった手の白かった。 文面のまま、 春を待って 会いにくるとは。」 ─本文より抜粋 著者 髙塚謙太郎 発行所 七月堂 発行日 2019年7月15日 A4判 253ページ 【送料ご選択時にご注意ください】 *1冊 →「クリックポスト」 *2冊以上 →「ヤマト宅急便」

  • ¥ 1,320
  • やすらいはなや やすらいはなや 文字をつかって言葉をつらねるとして、愉楽をもたらすものが果たして何なのか、とかんがえてみますと、それはまちがいなく韻律の仕掛けによっているということがわかります。流麗さもさることながら、摩擦の多い韻律であってもそれは変わりません。むろん黙読をするときに幽かに脳の舌先で転がされる韻律のことです。もちろん言葉ですから、そこに意味と名指される何かは付着するわけですが、意味が愉楽をもたらすわけではありませんので、いうなれば添えものに過ぎないのかもしれません。ただし、言葉がもつ幾重もの意味の層が常に揺れつづけることで色がひろがり、私たちの脳である種のリズムが生まれてくることも確かで、韻律といった場合、単なる音韻上のリズムをさすわけではなさそうです。――髙塚謙太郎 髙塚謙太郎 著 詩集 2016/07/15発行 130×205 A5判変形 並製 第二刷 発行 七月堂

  • ¥ 2,200
  • 西尾勝彦詩集『歩きながらはじまること』 言葉の「森」がここにある 奈良の山で暮らす詩人、西尾勝彦のポケットには、どんぐり、石ころ、いろいろな形の葉っぱや木の実。たくさんの宝物がつまっているに違いない。 『朝のはじまり』、『フタを開ける』、『言の森』、『耳の人』に加え、私家版『耳の人のつづき』を収録。 いつからか 素朴に 暮らしていきたいと 思うようになりました 飾らず あるがままを 大切にしたいと 思うようになりました そうすると 雲を眺めるようになりました 猫がなつくようになりました 静けさを好むようになりました 鳥の声は森に響くことを知りました けもの道が分かるようになりました 野草の名前を覚えるようになりました 朝の光は祝福であることを知りました 人から道を尋ねられるようになりました 月の満ち欠けを気にするようになりました 遅さの価値を知る人たちに出会いました 一日いちにちが違うことを知りました ゆっくり生きていくようになりました 鹿の言葉が分かるようになりました 雨音が優しいことを知りました 損得では動かなくなりました わたしはわたしになりました (『言の森』より「そぼく」) 著者 西尾勝彦 発行所 七月堂 発行日 2018年3月7日 四六判変形 並製 112×155 本文 344頁

  • ¥ 1,320
  • 峯澤典子、第三詩集。 ぬくもりはじめた 祈りのかたちに 冬が 訪れる この〈旅〉は、通り過ぎていく景色の印象を残しながらも、別の空間、時間を移動しているようだ。ふとした気配が記憶を呼び覚ますように、うす暗い空の下、それでも光を求めて彷徨う。 マッチを擦っても 新年の雪みちには犬の影もない ひと足ごとに 夜の音が消えてゆく 冷気を炎と感じられるほど ひとを憎むことも 許すことも できなかった せめて てのひらで雪を受ければ いつまでも溶けない冬が ふたたび訪れることはない病室へ流れていった それを流星と呼んでいらい わたしの願いはどこにも届かない それでも星は 清潔な包帯のように流れつづけた(「流星」) 第二詩集『ひかりの途上で』(七月堂)で、第64回H氏賞を受賞した峯澤典子さんの最新詩集です。 峯澤典子 2017/02/01発行 発行所 七月堂 四六版 並製カバー付 カバー・表紙デザイン:吉岡寿子

  • ¥ 1,731
  • タケイ・リエ第三詩集 あっ、晴れた。 手さぐりでたよりない闇のなかをすすんでいくと、 見慣れた風景がまあたらしくうまれかわっている。 なつかしい景色がまばゆい光につつまれて、 はだかの街路樹もかがやいている。 (帯文より) 図鑑を眺める。眠るまえのせかいはやさしい。だから、気がとおくなるほどたくさんのいきものが食べて食べられる世界を眺める。まよなかの、まんてんの星の下に無数の国。赤いろ。青いろ。緑いろ。夥しいかずの屋根の下で。多様なにんげんの図鑑もひろがる。 (中略) うまれてくるひとよりもしんでゆくひとのほうが多くなってきて、ようやくさしせまったと感じるなんて身がすくむような思いがする。わたしたちはいったいだれから、救われればいいのだろう? いまこのことについてだれかとはなしあいたいのに、だれとはなしあったらいいのだろう。あなたの考えている本当のことがわからない。悩んでいたらみえない動物が近づいてきて、はなしが通じる言語を習えって言うの。それが愛情だろうって言うの。おかしいよね。いまからでもまだ遅くないんだって。本当に、覚えられるのかな。せかいはとても広くてプールみたいになってしまった。大きな水溜まり。あるいは、砂漠のようなもの。だけど、はだし、はだかでも、大丈夫なんだって。本当かな。本当なら、服を着ているのがじゃまになるかもしれないね。あなた、いっしょにぬいでくれる? あなたがいっしょならわたしだってもう、こわくないんだよ。 (「ミーアキャットの子は年上の兄弟からサソリの狩りを学ぶ」より抜粋) タケイ・リエ 岡山県生まれ 詩誌「どぅるかまら」「ウルトラ」「Aa」同人 詩集『コンパス』(ブロス) 詩集『まひるにおよぐふたつの背骨』(思潮社) 詩集 著者 タケイ・リエ 装幀:伊勢功治 発行所 七月堂 発行日 2018年9月30日 A5判変形 92ページ

  • ¥ 2,970
  • ネット詩へのオマージュ 国立博物館に安置 ではなく 陳列 されているテーベ出土のミイラは 生きていた期間よりも そうとう長く死んでいる 生誕 そうだな推定三千年を祝して ポケットウイスキーを すばやく飲んだ (「国立博物館」) 経験値がマックスになると 大人という称号をもらえます そこで成長は とまってしまうけれど イベントはおわらず そのあと如何に がんばるかが 見どころのゲームです (「新作ソフト」) 著者 みつべえ 発行所 七月堂 発行日 2019年9月29日 A5判変形 484ページ

  • ¥ 1,760
  • 世代を超えた同胞への留別としたい 、と南川隆雄は呟く。 南川隆雄の幼年時代、戦中戦後の体験が記されている。 空襲と被災、疎開、敗戦、食糧難など戦中戦後の生活の実態を54篇の「詩」と15篇「文章」で書き遺す、と著者は言う。 もう過去の事はたくさんだ、という人も多い。 しかし、歴史の真実は言葉によって語らずして、未来の誰に伝えられるのだろうか。 著者 南川隆雄 発行所 七月堂 発行日 2019年10月31日 四六判 149ページ

  • ¥ 1,320
  • 注目の詩人、櫻井周太の『明るい浜辺』につづく第二詩集。 からりとした 洗濯日和の朝に 君のかなしみから 電話があって 待ち合わせてると 僕の影から 生えてきた きのこ さもしい きのこ 増えてくるので はやく来てほしい 君のかなしみ (「朝のきのこ」より) 【著者プロフィール】 1989年 和歌山生まれ大阪育ち 私家版『明るい浜辺』2017年11月20日発行 2017年 第1回日本現代詩人会現代詩投稿欄新人賞 著者 櫻井周太 発行所 七月堂 発行日 2018年9月3日 四六判 84ページ

  • ¥ 1,430
  • 詩の言葉によって再生される、都市の捨てられた風物、名指されぬ人びと、止まった時間。 煙草の吸い殻みたいに褪色して、それでも揺るぎなくそこに在る「不在」を、私たちは確かに目撃するだろう。 (小林坩堝) 駐車場の隅に置き去りにされたカートがあり 人類最後の日にもおそらくそれはあり続けるだろう やがて土に還っていくひふを前に 逸脱を許さない骨だけが 垂直に空をさし 発語の手段は持たない これが文字なのだとすれば 耳元で響く母語はなつかしかった 錆び付いていく鉄骨が 時の経過を告げる 二車線の道を挟んで 向かいのバス停は傾いてあり 歩道の落ち窪んだ辺り かつてリュックを背負った男はいて 名も知らない その男はどこへいったか バスが来ても乗らず 時折ひとに話しかけては 何を考えているのかは分からなかった 発語される文字は文字の形のままに たちまち空へ吸われていき ビルの屋上 SOSのフラッグが揚がったこともあったその柵の辺り 今は赤い風船が浮かんでいる それを手放した 幼子の 行方も知れず 薄闇に反応した 外灯がともる 駐車場に 草のなびく音だけが立ち 解析されない監視カメラ 回る (「誰も知らない」) 著者 一方井亜稀 発行所 七月堂 発行日 2019年11月1日 四六判 85ページ

  • ¥ 1,650
  • 言葉を理解する私達の方程式はこの詩集には通用しない 藤井晴美の言葉は日常生活の時間のように何気なく通り過ぎてはくれない。 言葉を読み解く、聞き解く「方程式」が有るとすれば、それは社会の中で教育され、生活の中で訓練されることで会得する。 藤井晴美が綴る言葉は時として猥褻で暴力的に飛んでくる。 飛んでくる言葉は私の「方程式」をことごとく破壊する。 言葉が渦巻く列車に乗せられたあなたはこの試練に耐えられるだろうか!? 「たか子ね、あれ実は私の妹なんだよ」 「まさか、じゃ、あの小説は実話だと……」  富士額の異様な赤ら顔の男、「ぼくはサルですよ」と自嘲気味に言ってアッハハハッと大声で笑う。それは自然な笑いではない。彼の詩の言葉のようにどこかぎくしゃくして顎がズレている。  結局そういう現場は人々を醜悪にさせる。 (「よくアパートのドアのところにいる黒い猫の話」) 著者 藤井晴美 発行所 七月堂 発行日 2018年12月31日 B6判

  • ¥ 2,200
  • 掬いあげたイメージは 鋭く透明な詩となって、 逃げ水のような現実を、 どちらへ進めばいいか教える。 欠けていても誇らしく、 わたしたちは夜明けに向かって 歩きだす。 (帯文・北爪満喜) 会社から帰宅して玄関を開けると 月が玄関マットの上にいた 電気を消した部屋はうつむいた月の明かりで 灯篭流しの川の薄明かりを思わせる 夜空が恋しいというので 月を冷凍庫に入れてみたら ここはさむいと泣きだした 凍った月を電子レンジに入れて解凍する ぐるぐる回る月は目を回し 電子レンジから飛び出してきた スマートフォンのメッセージアプリを起動して 何もメッセージが来ていないことを確認する 透明なサラダボールにソーダ水を注いで 月を半身だけ浸からせる クレーターの上で乾いた月の涙を ソーダ水で流していると 私の目から涙が流れた それは私の涙なのか 私の祖先が流した涙なのか 月は懐かしそうに 私の頬に触れるのだった 遠い昔 山あいの峠近くの家で 祖母と過ごした冬 ぷにぷにとしてやわらかいでしょ、と 祖母が私に祖母のかかとを触らせた ほんとうだ、やあらかい 声は綿毛になって祖母の丸い頬にくっつく 祖母は私の足の裏を指でくすぐる 明るい声を弾かせると 縁側から真昼の月が目に入る 祖母の作った塩おにぎりを頬張りながら 半身が隠れた球体を 片手で作ったわっかに浮かべた ソーダ水から出てきた月を バスタオルにくるませベッドに寝転がす 私が入浴を終えて部屋に戻ると 月がアルバムを見たいと懇願する この家にはないことを告げると この家には何があるのかと聞いてくる 私は何も言えず 苦笑いをした もう帰る、と 月がつぶやいた どこへ? 咄嗟に投げかけた問いは 月に発したのか 私自身に発したのか ベッドの上に並べられた虚無を月に見られて うつむいた瞬間 私は自宅の玄関の前に立っていた 凍った空気に背中がひやりとした 振り向いて アパートの廊下から夜空を覗きこむ 狼の毛皮のような空には 何も浮かんでいなかった (「月」) 著者 沢木遙香 発行所 七月堂 発行日 2019年4月30日 四六判変形 116ページ

  • ¥ 2,200
  • 道元『正法眼蔵』を詩集として超訳! 芸術学者の梅原賢一郎が、道元の『正法眼蔵』を詩集として超訳しました。 読解を洗濯の「洗う」と「干す」の要素に例え、「意味に汚れた語句をゴシゴシと洗う言葉」と「汚れの落ちた語句を時空のなかに干す言葉」にの二章に章立てする。 洗濯には二つの要素がある。 一つは、汚れのついた洗濯物をゴシゴシと洗うこと。 一つは、汚れのおちた洗濯物をピシッとのばして大空のもとに干すこと。 道元の言葉を、ちょうどそのような洗濯の要素に対応させるようにして、二つに分けることができる。 一つは、意味に汚れた語句をゴシゴシと洗う言葉。 一つは、意味の汚れの落ちた語句を見いだされた時空のなかに干す言葉。 いまここに、前者を「洗い屋さん・道元」として、後者を「干し屋さん・道元」として、道元の『正法眼蔵』の言葉を訳(超訳)し、一冊の詩集を編む。 (「はじめに」より抜粋) 著者 梅原賢一郎 発行所 七月堂 発行日 2019年3月23日 四六判 123ページ

  • ¥ 1,650
  • 絵本作家でもあり調布FMのパーソナリティも務める。 神泉薫のことば世界はしなやかな翼を広げ未来へ飛び立とうとしている。 初めての大地に足をおろす「君」、「わたくしの背中を熱く昇る太古の血」、自在な視線は生命の瞬間を静かに受け止めてゆく。 著者名を「中村恵美」から「神泉薫」へとした姿勢をこの詩集でさらに納得させられる。 わたしたちよりもずっと低い 大地の皮膚にもっとも近い目線で 空と地を分ける あの果てのない地平線を目指している 無数のつぶらな黒い生き物 初夏のさわやかな風のただ中で 一心に連なっている 蟻の行列 つつましやかな 寡黙な足並みは ときに背に負う蝶の遺骸をも 清潔な生の循環を教える手立てとして 区切られたまなざしの世界像のひとつとして 物言わぬ温かな吐息とともに わたしたちに知らせる ひとつぶ ひとつぶの 小さな身体をめぐる愛おしい記憶のかけら 螺旋にうねる時の波しぶきの中へ 放られたかじりかけの林檎 錆びた自転車の車輪 窓から見る月 子犬の足跡 影は伸びてゆく 目的地を持たない列車が運ぶ モノクロームの冷たい季節を人はいくども潜り抜けた 傍らで地を這う 蟻たちは 永久に変わらぬ目線で 大地と呼吸を合わせていた すぐそばに立つ樹木の根が  そよぐタンポポが語りかけていたから 白いキャンバスシューズの子どもたちが はしゃぐ声を天に届けながら走り抜けていったから 砂糖 はちみつ あめ玉の 健やかな甘さが好き 気温 二十八℃  恒常的希望を感知する触角は 朝露のきらめきにいつも磨かれていた 蝉しぐれ降る夏の 未だ余白に満ちた人類の 観察日記は終わらない 慈悲深い神のように ただひとつの手のひらを開いてみれば そっとよじ登る黒い蟻 ひと時の体温へ刻まれる文字と化しては逃げてゆく くすぐったいカリグラフィー 指の狭間からこぼれ落ちる 時の狭間からこぼれ落ちる 闇色の肢体に 光へのオマージュを携えて いつだって 大地を歩くんだ 並々と連なる祖の背中を見つめて歩くんだ 青い草の匂いのする道行のかなた 琥珀色の夕陽が落ちるまで もうすこし ひとなつの 巡礼は つづく (「ひとなつの巡礼」) 既刊詩集・絵本 中村恵美(なかむら めぐみ)筆名による著書 『火よ!』(書肆山田/第八回中原中也賞) 『Flame』(英訳詩集 山口市) 『十字路』(書肆山田) 神泉薫(しんせん かおる)筆名による著書 『あおい、母』(書肆山田 平成二十四年度茨城文学賞) 絵本『ふわふわ ふー』(絵 三溝美知子 福音館書店) 著者 神泉薫 発行所 七月堂 発行日 2019年4月10日 四六判 105ページ

  • ¥ 2,200
  • 喜猫哀楽満載 婚活詩集決定版! ガバッと起きて決意を固める。 結婚しよう! ガバッと、ガバッと、ガバッとだ。 大手結婚相談所へアポを取り、さぁ、はじまりますぞ。 何人もの人とメールのやり取りをし、会って食事をする。 それはそれで楽しいもの。 動物好きの女性と気が合う。 容姿を気にする自分をちょっといさめる。 やがて、ミヤコさんと出会う。 小雨ふる日、ついに「結婚を前提にお付き合いさせてください」と言う。 どんなデートをするかあれやこれやと思いを巡らす。 人生は延々と続いてゆく。 どこから読んでもクスクス、フムフム、そうだよね、と楽しめます。 時間の試練が生身の人間を通過する。膨大な詩の流れはSNSでは伝わらない。 全く月並みな話ですよ 全く人並みな話ですよ 夏と言えば花火大会ですよ カップルで並んで眺めるのが定番ですよ でも 仲間とワイワイ行ったことはあっても 2人で、というのは人生史上例がない ない、ない、ないなあ、ないんですよ それが本日、人生史上の例、作っちゃうんですよ このままだと 月並み人並み定番の輪に入っちゃうんですよ どうしよう 西国分寺の駅を降りて スーパー抜けてガード潜ってパチンコ屋さんの前を通る 勝手知ったる道 最近、毎週末足を運んでるからね この少々殺風景な道路を越えると 緑豊かな地域が広がっていてミヤコさんのマンションがある 夏の風に煽られた白い蝶々に導かれるように歩いていると 頭の中もひらひらしてきて 「勝手知ったる」ってトコまで来たことに 今更ながら驚いちゃうよ 「いらっしゃい。お待ちしてましたよ」 へーっ ナデシコの花がぽぅっと浮かんだ、紺の地の衣 きりりとコントラストを作る、黄色の帯 髪には白菊の飾り 「わぁ、すごく似合ってますよ。きれいな浴衣だなあ」 「ありがとうございます。自分で着るのは自信がなかったので、 美容院で着つけてもらったんですよ」 おしょうゆ顔のミヤコさん 予想はしていたけどホント良く似合ってる 「自分で買ったんですか?」 「いいえ、昔、着物好きの友だちからもらったものなんですけど、 なかなか着る機会がなくて。 実は、浴衣で花火大会行くの、これが初めてなんですよ」 えーっ、そうだったのー? 責任重大じゃん ぼくで良かったんですか? おいおい、変なこと自問するな 「記念に写真撮らせて下さい」 前、横、後、アップに全身 7枚も撮らせてもらった、ヤッホー! 「わぁ、良く撮れてますね。ちょっと恥ずかしいけど嬉しいです」 ぼくも嬉しい ミヤコさんの初めての浴衣着用花火大会 成功させねばっ 立川駅を降りると まだ5時前だっていうのにすごい混雑ぶり あちゃー、ちょっと遅かったかな 歩道橋を降りるのにもひと苦労 「ミヤコさん、大丈夫ですか? もっと早く来れば良かったですね」 「みんなが楽しみにしている花火大会なんですから当たり前ですよ。 それより、今から昭和記念公園の中に入るのは大変なので、 花火が見られる適当な場所を探しましょう」 ごもっとも のろのろ進みキョロキョロ探す おっ、あの辺り 公園からちょっと離れてる、まあ道端なんだけど 視界は開けてるし座り心地は良さそうだしトイレも近くにあるし 「ミヤコさん、あそこどうですか?」 「いいですね。シート出します」 首尾よく陣取り終了 さて、ビールとつまみ、買ってくるか ひと息ついて周りを見渡すと 浴衣を自慢げに着て 「彼氏さん」に笑いかけている色とりどりの「彼女さん」たちがいる 落ち着いた色調の浴衣をしっとり着こなした、大人ぁって感じの女性もいるし ほら、あのコなんか いかにも付け帯ーって感じの帯を マンガみたいなキッチュな柄の浴衣につけてケータイ握りしめてるよ オシャレに甚平着こなしている男性、増えてきたんだな(ぼくはジーンズだけど) 同性のカップルもいるし 歳の差カップルもいるぞ パッパパーンッ 始まった 花火が次々にあがる 「わぁ、すごい。よく見えますね。この場所正解ですよ」 「バッチリですね。それにしても凝った花火が多いなあ」 シューッとあがってパンッパンッパンッ 3回くらい開く花火やら 真ん中が密で同心円状に薄く大きく広がっていく花火やら ほわぅん、笑った顔みたいに見える花火やら やるねー 花火もすごいけれど 「ウォーッ」「ワァーッ」 周りの歓声もいい感じだ 隣にいる女のコなんか彼氏さんの甚平を掴んで びゅんびゅん振り回しながら黄色い声張り上げてるよ ここにはカップルの定番の姿があるんだなあ そしてぼくたちも今まさに その一員として行動してる 叫んだりはしないけどさ 浴衣の似合うミヤコさんの腰に手を回して ビール片手に微笑み合ったり 40代にして2人して 定番デビューだ 「このソーセージ食べちゃいません?」 「あ、いただきます」 ケチャップで汚れてしまった指を見てすかさずティッシュを出してくれる ミヤコさん、こういうことにすぐ気づく人なんだ 昔はどっちかっていうと花火大会なんかバカにしてたんだよね 夏の一番暑い時に人の集まるところでベタベタしちゃって、なんて 確かに確かに カップルが集まる場所にはそういうトコ、あるのさ 花火大会とかクリスマスイヴとか 儀式みたいに一律な定番の作法ってのがあるのさ でもでも 俯瞰してみるとそうかもしれないけど 1人1人は結構個性的だぜ ぼくたちがまさにそうじゃないか 「うわぁ、あのしだれ柳みたいな花火、きれいですねえ。 開いてからあんなに長く空中に残るんですねえ」 うんうん ぼくとしてはミヤコさんの横顔も目に焼きつけとかなきゃ 初々しい定番デビューの横顔 ビールでちょっと赤くなってるその頰に 隣ではしゃぐハタチくらいの女のコに負けない初々しい気持ちが 刻まれているんだ しだれ柳を模した光線のように強く鮮やかに、ね フィナーレの派手な打上げの後 これで終わります、のアナウンス ゴミを袋に収めてシートを畳んで 腰をあげて大量の移動の列に加わる のろのろしか進まないけど なあに、急ぐことはない 全く月並みな話ですよ 全く人並みな話ですよ でも 月並みな話は 月並みじゃなかった 人並みな話は 人並みじゃなかった ぼくとミヤコさんの人生史上初の儀式、無事終了 これから中央線に乗って少々殺風景な道路を越えて緑豊かな地域に入って 勝手知ったるお部屋へ 今見た花火のことを ゆっくり、ゆっくり、語り合うんだ__ (「定番デビュー」) 著者 辻和人 発行所 七月堂 発行日 2019年5月1日 A5判 355ページ

  • ¥ 2,200
  • 夭折した画学生の作品などを展示する「無言館」や、閉館した「キッド・アイラック・アート・ホール」、「信濃デッサン館」の館主として尽力し、また実の父親である水上勉氏や実母、養父母や妻との暮らしのなかで、ただひとりの人として、窪島誠一郎が抱えつづけた孤独の軌跡。 宿題を忘れた子のように 私はもう 何年も前から 波間にうかぶ小さな机に かじりついている 机の上には 使い古した万年筆 ちびた消しゴム 何本ものカートレッヂが 港に停泊する小舟みたいに 所在なげに ちらばっている なのに 私は私宛の手紙を 一行も書けないまま もう何年も 白い便箋をみつめているのだ この机から 身体を離したら 私はきっと 海に沈んでしまう 鋭いキバの魚たちに 食われてしまう 机の上の 使い古した万年筆 ちびた消しゴム 何本ものカートレッヂが 港にうかぶ浮標(ブイ)のように ゆらりゆらり ゆれている なのに 私は私宛の手紙を 一行も書けないまま もう何年も 白い便箋をみつめているばかり (「港」) 窪島誠一郎(くぼしま・せいいちろう) 略歴 1941年、東京生まれ。 美術館館主・作家。 長野県上田市在住。 著書 『信濃デッサン館』(平凡社) 『詩人たちの絵』(平凡社) 『わが愛する夭折画家たち』(講談社現代新書) 『無言館 - 戦没画学生「祈りの絵」』(講談社) 『無言館ものがたり』(第四六回産経児童出版文化賞受賞・講談社) 『「明大前」物語』(筑摩書房) 『父・水上勉』(白水社) 『「無言館」にいらっしゃい』 (ちくまプリマー新書) 『くちづける 窪島誠一郎詩集』(アーツアンドクラフツ) 『日暮れの記 ―「信濃デッサン館」「無言館」拾遺 』(三月書房) 他多数 著者 窪島誠一郎 発行所 七月堂 発行日 2019年3月11日 四六判 103ページ

  • ¥ 1,650
  • この詩集は想像の世界ではなく現実の世界の事である。 安川登紀子は昨日も今日も明日もこの世界を生きている。 この真実と恐怖の中で。 詩を書くということは安川登紀子にとってどんな意味を持つのだろうか。 戦慄と感動がこの詩集にはある。 問題は 醜い自分を どう生き貫くか 見たくないものを見ないためには 視点を 宙に置くこと 鏡の前で 宙を視て 立ち尽くす (「人間は醜い」) ろくでなしの亭主に 「私の体は商品なの 触らないで!」と (「体を売る女」) 既刊詩集 『インク』(詩学社) 『記憶』(詩学社) 『緑よ緑』(詩学社) 『手紙、遠い日へ』(詩学社) 『長老の愛した女たちの季節』(七月堂) 著者 安川登紀子 発行所 七月堂 発行日 2019年2月15日 四六判変形 162ページ

  • ¥ 1,650
  • 踊る詩人の第一詩集。 ステージの上から、夜の街から、ジュゴンのいる南の海から、人魚はつぶやいた。 最後にまとうピンクのライト、網タイツと9センチのヒールは牧瀬茜の制服だ。 流れる汗は人魚の真実の歓び。 青いとかげ 金のうろこ 雨が降ったら空に泣く 行ってはだめよ行かないで 銀色の羽 赤いくちびる 風が吹いたら口ずさむ ここはまぼろし六丁目 紅の蝶 灰色の夢 重たい雲も泣きだした 愛はシャカイに負けました 漆黒の夜 ちぎれた夢 雨がやんだら 赤い傘 させばこころに灯がともる ここはまぼろし六丁目 過去と未来の交差点 (「まぼろし六丁目」) 著者 牧瀬茜 発行所 七月堂 発行日 2019年7月1日 菊判変形 114ページ

  • ¥ 1,320
  • 第8回日本タイトルだけ大賞受賞 くすぐったい、第一詩集 若き詩人のもやもやとした思い。 くすぐったく、じれったい。 しかし不思議と爽やかさに満ちたそれは等身大で語られる言葉だ。 “詩人男子の本音”も満載である。 それに共感するもその生態を覗き見るも自由。 閉塞感や停滞感、時代感を超えていくことができるであろう新しい詩が始まる。 この詩集を読めばあなたも“オノツバサ”が気になってしょうがないはずだ。 ぬるい。 眠たい洗濯物のよう。 狭い部屋に住みたい。 上北沢の。 ベランダ。 夏に雪が降ったら、きれいなのかな。 象が空を飛んだら、ふわふわにおう。 目をつむっている間に知らない景色にいた。 そんな窓もいい。 風車が二つまわる。 ゆっくりと。 吸い込まれてスイーって。 雲? 小麦粉さ。 ミルクティは、午後の味。 山羊がいる。 ビスケットのよう。 フルートが聴こえた。 汽車を降りる。 駅にいた。 切符を置いてきた。 小さい星に。 (「やさしく象にふまれたい」) オノツバサ 著 詩集 2015/08/08発行 発行 七月堂 四六判 小口折・糸かがり

  • ¥ 1,320
  • 浮力 オノツバサ第二詩集。 静かで淡い、でも消え入りはしない。 どこにでもいそうで、ここにしかいない存在感を伝える。 オノツバサでしかない一冊、できました。 想像のうたを歌おう。 うたという想像を。 利便性のないことばが唯一、詩であることで救われるような。 ニュアンスの喉仏を通って前屈する、持て余している何かが外へ出ようとするちから。 ぼくという存在がいましがた君の声から始まったような、根拠の鳴りをふりまいて。 同じこと想い続けた匂いのする。 (「うた」) オノツバサ 著 詩集 2016/12/19発行 発行 七月堂 B6変型 並製カバー付

  • ¥ 1,650
  • オノツバサ第3詩集 脳内を駆け巡る、彷徨える目を見つけよ 頁を振られていないこの詩集はどこから読んでも良いのだ。 まさに一篇の詩を最後から単語を追って読んでも良いのだ。 単語を、副詞を、文節を飛び越えながら読んでも良いのだ。 タイトルが有るかどうかも気にしなくて読んでも良いのだ。 オノツバサの第三詩集は火星の深い海の底に有るのかもしれない。 さびしさが、とうめいを見つけて、純度の奥行を仕上げていくのに気づきだした頃、意味をなくしたコトバの脱け殻が、余白と、句読点に、揮発する折、微かな発色をもたらすこと、名のつかない気配に、気づいていく体温が、不意に懐かしく思えること、収まりのよい韻律の反芻に、環ろうととしていること (「さびしさがとうめいを見つけて」より) 著者 オノツバサ 発行所 七月堂 発行日 2018年11月24日 B6判変形 80ページ

  • ¥ 1,650
  • 梁川梨里、第二詩集。 ある日、わたしがこの世界でみた景色を 見た目の可愛らしさだけに気を取られてはいけない。この本の中で語られる言葉はファンシーなファンタジーではない。しかし、品格を失わないこの詩人が描き出す世界は、ファンタジーに満ちた真実の世界である。 乱視がいいね やっと、星の仲間入りをした 精確に見え過ぎるがために見過ごした目は 小瓶の中で凝視したまま足を抱えた姿勢で 溝に流されていった *ふらんしす 一文字多い死の色を白と黒の丸い玉で追う いかした舶来の名を呼べ 土に還る仕事は蚯蚓に任せた さよなら、ささくれたさいせい *    ふらんしす きみの名をシャボン玉に込めた  無加護に放たれた呼気のごとく  わたしの腐りきった魂いの欠片がちいさく瞬いている 気狂いの着ぐるみを着た きみの瞳に *       ふらんしす   乱雑でいい 爛々と整列した ラマダンの声を成す卵子 必要な分だけをとりこぼす糜爛 にわとりいかに成りすました ルピナスがよく似合う鳴けない鳥 女という傾ききった文字が 上手に書けるやつなんか信じちゃいけない 薄墨をなぞる いかさま 足の多さより柔らかさが欲しい もう 瞑ってもいいよ  だいたい 光ってしまえば    きみの かちだ (「らんざつならんし」) 梁川梨里 著 2016年3月26日発行 発行所 七月堂 本文140ページ 四六判

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  • 山田一子詩集 お客はひとりしか乗っていない 読書している老人の前に 失礼します と 腰をおろすと 本からあげた顔が なんだおまえか よくみれば父親であった ─中略─ 私は膝に箱をのせている そこには秘密がしまってある そっと蓋をずらすと ぼんやりベッドに腰かけた老女の 昔覚えた歌をくりかえす低い声 父があんなに逢いたがっている人はこの中にいる だが見せることなどできはしない 蓋をもどしてうつむいていると いつしか眠りにおちていた ふいに強く膝をゆすられた 眠りから覚めて泳ぐ目が 激しく指で叩く窓にくぎづけになる すぎる駅のホームで母が まぎれもない母の姿が ゆるく列車に手を振っている 父も伸びあがって手を振る 互いに相手を認めた確かさで 時にはこういうこともあるのか 膝から箱が消えている 鼓動が少し早く打っている 列車は走り去っていく 私ひとりを星々の中に置いて (「星の列車」より抜粋) 著者 山田一子 発行所 七月堂 発行日 2018年9月1日 A5判 95ページ