

ソノヒトカヘラズ【新本】
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帰らなかった その人が 帰るという
こみあげてくる時の流れを言葉で拭いながら
馴染の調べと共にテラコッタは生れていく
【作品紹介】
アンモナイトの見た夢
そしてまた 千日が過ぎて
アンモナイトの見た夢
どこかで誰かがつぶやいた
大仰だな 数億年の古層に
降りそそいだ夢のことなんて
土と火と灰の渦まくダンス!
炎上の釜はもうひとつの燃える天体
帰ってこなかったソノヒトの
一挙手一頭足がくりかえし
オーロラダンスを踊っている
思い出さないわけにはいかない
アンモナイトの反時計回りの螺旋
*
鼻の形が美しい反ダダの詩人と
鼻のつぶれた老ボクサーが
地中海の夏のジュラの幻影のなか
浮遊する玉虫色の
巨大巻貝に嚥みこまれ
永遠をありがとう 黄昏をありがとう
殴り合い 絡み合い 睦み合い
そして いつか来る さようなら
白い絹の言葉を吐き続けていた
*
日帰り小舟が停まるデロス島の船着場
粗末な小屋に泊めてもらった翌朝
黒光りする石窯で パンを焼く
草臥れた影絵のような老夫婦
哀歌だったのか 笑話だったのか
歌うように 絶えず呟いている
八月の太陽は容赦ないが
五頭の獅子たちは身じろぎもしない
アポロンが生まれたというこの島で
ピレウスから帰還した次男は
腰巻きひとつ半裸の含蓄の男
挨拶は 目くばせひとつだった
コツコツと岩を削り
太陽が傾いて沈むまで
残酷に素朴なアポロン像を
ささやかな ドラクマに替える
著者 南椌椌
発行所 七月堂
発行日 2024年11月5日
173mm×210mm 210ページ
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