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双子 / インカレポエトリ叢書18【新本】

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奥山紗英詩集

指の一本一本の太さを/じっくりと測られるのは/誰だって嫌である


【作品紹介】
こども家庭庁


脂肪のまとわりついた緩慢な歌が
少しずつみみちゃんをころしていく
キッチンは消毒液のつんとした匂いで
油ぎった換気扇を回してなんとかする
ソファに寝転ぶと赤茶けた髪が落ちていて
みみちゃんの黒い髪とおんなじ細さをしている

ベージュ色のとっくりセーターを覚えている
ぎこちなく頭をなでてきた手
やがて作り出された低くのろのろした歌
ユニットバスのトイレには入れないので
みみちゃんはベランダに出て
お酒入りのチョコをこっそり食べる
洗濯物が出たままになっていたから
少しずつ中へ取り込んでいく
はだしで踏んだのはタバコの吸殻で
顔をしかめて指でつまみあげる
向かいのマンションの部屋たちは
全部真っ暗になっていて
みみちゃんの部屋だけ仲間はずれみたい
お隣はどうかと首を伸ばしてみるけど
目隠しがされていて見えない

毎日ちゃんと歯を磨きましょう
保健室の先生が言っていた

みみちゃんはキッチンでうがいをする
ユニットバスの洗面所には入れない
仲間はずれの子ども用歯ブラシ
くたくたのパジャマに着替えると
明日食べるメロンパンのことを考える
しにかけたみみちゃんは
少しずつ夢の中へ帰っていく



ナマリ


築六十年の実家はナマリに囲まれていて、道行く中学生の「今日の宿題なんけー」という会話を吸収しているため、いつも柔らかく傾いていた。母親が歩くとぐらつき、父親が屋根を工事しようもんなら、ぐわんぐわん揺れた。ナマリで心配する私に、父親は「大丈夫だがー」とナマリで返すため、ぐわんぐわんとまた屋根は揺れた。

家のものは全員ナマリで、父親、母親、祖母、兄、だけでなく、鍋敷き、冷蔵庫、炊飯器、洗濯機、テーブル、カーペット、あらゆるものがナマリだった。テレビはいかにもナマリに見えるが、実はそうではなくて、ナマリじゃないくせに、我々ナマリに媚びるようにナマリのフリをしていた。ナマリ、という柔らかく歪んだものとテレビは、本当は相容れなくて、相容れないのに、ナマリを表面にチョチョチョイと塗っていて、その見せかけはすぐに我々にばれ、「あれはおかしいがねー」とナマリをもって一笑に付されるのだった。テレビの他には、豆腐売りがナマリを騙っていて、夕方になると「おかべはいらんどかーい」と野太い男の声が鳴っていた。

生徒たちはマイクを持つといっそうナマリになり、どれだけ柔らかいナマリになれるか、というのを意識して競っているかのようだった。私は、自分だけは絶対にナマリになるまいと思うのに、いざ自分がマイクを持つと、さっき喋っていた彼よりいっそう柔らかいナマリとなる自分に気付くのだった。

修学旅行に行った日、ナマリたちは自身の存在に気付くと思いきや、ほぼ気付かず、それでも何となく、何もかもが歪まず、固く、真っ直ぐな街に拭いきれない警戒心と違和感を持ちながら、観光を楽しんだ。我々が歩いた街はどこもかしこもテレビだ。テレビといっても、ナマリを騙るどころか、最初からこちらにおもねる気は全くない、硬質で整然としたテレビであり、たまに映り込む別世界の方である。「こんな場所ないがー」とみんなで一笑に付していた場所は、実はちゃんと存在していて、どうやら私たちナマリの方が、こちらでは、ないもののようであり、私は二日目から具合が悪くなり始めた。

引っ越してきた場所は、どうしようもなく硬いところで、真っ直ぐに続く坂道を、毎日登ったり降りたり繰り返すと、少しずつ私の表面を覆っていたナマリがざりざりと剝がれ落ちていってしまった。現地の人だと思われるたびに、私は硬いベッドで考え込み、その様子はテレビで放映されるのだった。



著者 奥山紗英
発行所 七月堂
発行日 2023年4月28日
四六判 96ページ

【関連】
インカレポエトリ / インカレポエトリ叢書:https://shichigatsud.buyshop.jp/categories/2851576


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