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倉本侑未子詩集
地球という惑いの星で織りなされる生と死の循環
倉本侑未子の紡ぐ言葉は静かな音擦れ。
病院の待合室、遠くで響くインターフォーンの音は空気を押し流してゆく。
老樹の傍らで座り続けたい、そんな思いを引き出すのは、森のかなたに消えた歌声。
錨を降ろす場所を探す日々の声はモールス信号となる。
【作品紹介】
潜水
蔦の葉が涸れかけたプールの底へ
一散に手を伸ばす
もう届かないだろうか
潜りつづけた
自身にもっとも近い場所
そのままでいて欲しくても
息継ぎのたび
様変わりしていく風景
けれど水の中の地下室は
いつも同じ
ひんやりした半透膜の壁は
地上では漏らせない声を
そっと潜(くぐ)らせてくれた
銀色の吐息とともに
目も耳も心も
何もかも溶かしこみ
わたしは揺らめく水溶液になる
消えていく水紋
間遠になる水音
心拍の心地よい危うさ……
打ち解けていた薄明かりが
いつのまにか遠ざかり
強い陽射しが照りつけると
水はするすると引き
いまはもう指先を濡らすだけ
ひび割れたプールサイドで
蔦の葉が底を見下ろしている
――逃げ水?
水銀(みずかね)色の余滴を掌(たなうら)にしまい込むと
遥かな鈴の音が消えがてに響く
冬の幾何学
蜘蛛よ
かぼそいモノローグは
絹糸のゆらぎ 螺旋のうねり
漆黒のなか
補助線も引けずに
どうしたら聴きとれるだろう
声の大きなものたちが
肥大した舌をだらりと垂らし
地上が弛緩する頃
声なきものの顫える忍耐が
脈打ちはじめる
痣だらけの空と地のあわい
連綿と継ぐ自問自答
不断に傾ぐ多角形
今宵 凍てつく大気のもと
六(りっ)花(か)が無言の合図を送ると
君は手製のカタパルトから
馭(*)者座めざして
空(くう)を蹴る
*馭者座(Auriga)…五角形をなす北天の星座 真冬の夜に南中する
著者 倉本侑未子
カバー装画 長谷川潔
発行所 七月堂
発行日 2023年1月15日
A5判 208ページ
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