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逃散【新本】

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意味の無意味/振動とリズムへ
 いま出遅れた未熟なアナクロニズムに彩られたこの印刷物は、ここ数年来目尻のふやけた浦島太郎よろしくタイムトンネルをぬけ雪国に出た眩暈さながら無知を自覚的に詩作しまとめたものです。ひらかれた豊かなことばとして世界を抱え込んだ詩集であってほしいと願いたいところですが、じぶんのための過剰で生半可な半生の経歴書のネガとしても読めてしまう。私詩の色合いがにじみでていることでしょう。仮面の贖罪意識との謗りは免れないかもしれません。


 久遠

れいれいしく砂利ふむ白足袋を
穢れおびていく偉さが
ものほしげな陳情の行路にかさなり
道をあやまつくぼみにてりはえ
からかぜがあたりをすなどり
しろむくの腑実をぬきさっていく

ひかりのつぶにすがたをかえ隙を
かぶりものがしずしずとおらびゆき
循環バスのあしどりをまねかえりつく

三和土でかがみつぶれた虫の汁は
にくにくしい白髪をたばねはじく
しわがれた止金をゆるせなくはう

がけっぷちに暗澹のまくをはり
よそみのしまらに蝙蝠がきる直滑降に
せすじのちぢむ窃視をかどふ

むすめの手をひくあゆみはつまりがちに
帰路をいといふりはらう見送るきづよさが
肝をえぐる怜悧な久遠をひらめいた


 傾性

はじまりはちらばり
自虐につきすすむ
ちいさな悪魔小僧が
インヴィジブルに
草むらを徘徊していた

野鳩のくぐもる喉音が近づいて
くる秋に咲けないマリーゴールドを
おどろに悔みながらすすり哭く

聾からけがたちひとむ、
泥道を馬がくだっていく
蹄のおののきは鬣をしらない、
どのみち逆爪がひろう
ざんばら頭の株だ

まろびちった糞泥が
コロコロ鳴りくだり
水際にはえるしろいえくぼが
馬のステップをくるわしている

感情の記憶、ざわつきはじめると
男女の民族の白と黒の交代浴は
クリスタルにひかる
クラインの壺にもぐりそこねる

ぬけだす出口の交差点で
信号音をうろうろ
ききのがしている、
暴かれた裸身はみにくい
王様

(黄色に変換されてきづく
キャラメル色がにあう
嘔吐寸前のキャラなのか

穿鑿のやぶからぬけだせない
あちこちでくっくーの喉音がちかづいて
いまにもだれかとでくわすに
胸肉のうすい羽毛をふるえている

(元の巣へかえれよ、
ひそかにながれる涙の窪地を
皮膚にしいる波立のちからが
くるえてこわい
私をさばくため

むきあう顔と面は
むさぼりくう眼の色をさぐれない、
《パラのように風がふき
草色の雫がとりもつ刹那のとけあいは
風のざわつきにおちつかないし、
パラパラがにぎわった角地では
ふくろはぎにおしきせる重力の溝に
おちこむほどめまいがやどる

(無理がたたったんだ、
みずみずしい葉身がほそり
けなげにからむ指間がいたい、
しの間口をあける


 M

それをおもいだしてはけし
残酷をかさねていく
おこがましさだけ血のめぐりをつかえ
墜ちこんでいくさきに
閻魔大王がてぐすねひく
最悪のFたちはだかるきっすいをほごに
父までのみちのりはつづく

さいやくだからしゅうちゃくがすぎた
とおさをはかりたおされていれば
そらもきもかぜもやまも
うとましくなかった
まくのあいたままくちをやぶらなかった

アルコホールせっしゅにまといつく
ざいあくのつれなくおとなうさかだなで
めあてのラベルがにおろしにうけた疵をいたみ
ビルかぜがふくすきまにつまづきうづくまる、
ことわりのみぶりをおぼえた

にわか鶏舎を十坪のよはくにかまえ
黄橙のひながそだっていた
匣に飛蝗と蜥蜴をかこい
縁下に牛虫をすまわせた
すなつぶをついばむじゆうにいにょうされ
くびのとれたこどもがかがみみる
あみどのむこうにかさなる乳児の鬼哭をきいていた

きずなのきれつはゆくりなくくるいだす
われた甲羅からしたたるつれさられた親鶏の
きょうかんがにじむ
つれないかんきょうをきたす
ちかよれない家屋のきしみに
きぼそのいとがたびたびつきる



著者 髙野尭
発行所 七月堂
発行日 2020年7月15日
A5判変形 並製 267ページ


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