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わたしの骨格【新本】

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掬いあげたイメージは
鋭く透明な詩となって、
逃げ水のような現実を、
どちらへ進めばいいか教える。
欠けていても誇らしく、
わたしたちは夜明けに向かって
歩きだす。
(帯文・北爪満喜)



会社から帰宅して玄関を開けると
月が玄関マットの上にいた
電気を消した部屋はうつむいた月の明かりで
灯篭流しの川の薄明かりを思わせる

夜空が恋しいというので
月を冷凍庫に入れてみたら
ここはさむいと泣きだした
凍った月を電子レンジに入れて解凍する
ぐるぐる回る月は目を回し
電子レンジから飛び出してきた

スマートフォンのメッセージアプリを起動して
何もメッセージが来ていないことを確認する

透明なサラダボールにソーダ水を注いで
月を半身だけ浸からせる
クレーターの上で乾いた月の涙を
ソーダ水で流していると
私の目から涙が流れた

それは私の涙なのか
私の祖先が流した涙なのか
月は懐かしそうに
私の頬に触れるのだった

遠い昔
山あいの峠近くの家で
祖母と過ごした冬
ぷにぷにとしてやわらかいでしょ、と
祖母が私に祖母のかかとを触らせた
ほんとうだ、やあらかい
声は綿毛になって祖母の丸い頬にくっつく
祖母は私の足の裏を指でくすぐる
明るい声を弾かせると
縁側から真昼の月が目に入る
祖母の作った塩おにぎりを頬張りながら
半身が隠れた球体を
片手で作ったわっかに浮かべた

ソーダ水から出てきた月を
バスタオルにくるませベッドに寝転がす
私が入浴を終えて部屋に戻ると
月がアルバムを見たいと懇願する
この家にはないことを告げると
この家には何があるのかと聞いてくる

私は何も言えず
苦笑いをした

もう帰る、と
月がつぶやいた

どこへ?

咄嗟に投げかけた問いは
月に発したのか
私自身に発したのか
ベッドの上に並べられた虚無を月に見られて
うつむいた瞬間
私は自宅の玄関の前に立っていた

凍った空気に背中がひやりとした
振り向いて
アパートの廊下から夜空を覗きこむ

狼の毛皮のような空には
何も浮かんでいなかった

(「月」)



著者 沢木遥香
発行所 七月堂
発行日 2019年4月30日
四六判変形 116ページ


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