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歌う人【新本】

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平田詩織詩集


輪郭のない窓から
心を置き忘れた
真昼の校庭を眺めている
紙のまばたき
誰かがここにいない
と書いてしまおうとすると
あなたの手が伸びてきて
窪めた手のひらの中に
わたしの視界は落とされる

使い古しの言葉たちが
時刻の音叉を軋ませる
瞬間が分岐する目の奥で
あなたは言いかけた言葉を沈める
魚のいない水槽にゆれる
わたしたちの身代わりのような沈黙
誰の影を見ているのか
ガラスに映りこんでいるのは
ひとりではなく
ふたりで
いなければならなくて
わたしはあなたに並ぼうとするけれど
雨の降る廊下に
あなたはまた出て行ってしまう

呼び戻されて
あなたはひとり残っている
埃が静かに舞いつづける
薄暗い視聴覚室
暗幕の波間から顔を覗かせ
いっせいに降る時間のかけらを見届けている
わたしはそのとき
たずねるすべのない場所をめざして
静かに漕ぎ出してゆく舟の
モノクロームの姿の
追いつづけていた

深まってゆく暗がりの淵で
あなたはそっと口付けるように
消えてしまうものたちの名をくりかえす
そのなめらかな筆削を逃れようと
わたしは目を閉じて耳を塞ぐ
見慣れた風景の背後からやってくる
日暮れる色に塗りつぶされて
この不安定な領域の中で
わたしたちの指先は
もうすぐぬくもりとはぐれてしまう
それをとめることはできない
できないけれど

目を伏せるときはいつでも
わたしたちが幾度となく暗誦しあった季節を
静かに滑り落としてゆく窓が見える
その中心で
ひと文字も書かれてはいないものを
あなたはこうして消してしまう
なおも深まる闇の目にささえられながら
距離はためされようと
わたしは虫の息で
躓いたわたしを置いていった
日だまりの明度を思い出している
少しずつ明るんで聞こえなくなってゆく
記憶の羽根が
薄氷の割れる音に音もなく落ちてゆく

頁を閉じ
心を閉じた
わたしの余白を隔てるように
光は視線をまっすぐになぞり
見えない大木を切り倒してゆく
あなたの視界の中
語りつくしたひとつの影はやがて
包んだ言葉をにじませて
ゆっくりと離れはじめる
その歪んだ重心から流れくる
眇目の気配にとまどいながら
先へつづくことのない
わたしの言葉の先にあなたはいる
わたしを閉じ込めた一篇の瞼の中に
あなたはいる

もうまもなく
閉ざされてしまう
白いまばたき
崩れ去る午後
白紙の校庭に映写する
立ちのぼるはずのないあなたのまなざしを
闇の裏側からいつまでも眺めている
(「窓」より)


著者 平田詩織
発行所 思潮社
発行日 2015年11月30日
A5判 本文151ページ


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