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アウラ草紙【新本】

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佐藤の操るカメラが、本来不可能なはずの見るものに「まなざしを送り返す」力をもちうるとすら、私は錯覚してしまうのである。(室井光広)

 本書の写真をはじめて見たとき、一枚一枚が写真葉書のように届けられる、そんな気持がした。その理由は、おのおのの写真だけでなく本書の構成自体にもあるだろうと思われる。
 『アウラ草紙』は、第一章「北アイルランドの壁絵」、第二章「二〇一六年夏スコットランド」、第三章「揺れる」から成る写真集である。そして、それぞれの章にたいして、撮影者自身の序文と室井光広による文章が寄せられている。写真が言葉とともにあるように本書は構成されているのだ。
 三つの章におさめられた写真は、それぞれの章ごとに独自の視線をもっている。
 第一章はその名のとおり著者が北アイルランドで出会った幾多の壁絵が撮影されており、第二章ではスコットランドの光景からどこか懐かしさが漂うように、その多くがモノクロで撮影され、第三章では東京の川の水面が撮影され、その時刻や場所によって川の水は幾多の表情をこまやかにみせている。章ごとにおさめられた写真はおのおのに確かな意図を持っているのだ。
 しかし、本書におさめられた一枚一枚の写真、そして、一つ一つの章は、単独であるというよりも、それらは一冊の書物の内にレイヤーをもった像を織りなし、そこに通底する視線の息づかいを読者に届けている。そこにも本書の大きな魅力がある。
 室井氏は「まなざしを送り返す」力を佐藤亨の写真に感じているが、写真と一枚一枚向き合い、頁をひらいてゆくと、写真を見るという「まなざし」の意識がやわらかにほどかれるようにひろがり、ふっとその光景を見ていることを見ている、そんな瞬間を覚える。見るという経験を見つめかえすということ、もしくは見るということ自体の経験のレイヤーがやわらかにかよいあうのだ。とじられた「草紙」がひらかれるように。
 その時、壁絵が書かれた場所をつつむこむ空気や町の気配、スコットランドの水辺や街の景観に響く音、静けさ、東京の川の水のきらめきに呼応する日射し、水の音、写真にこめられたさまざまな気配が浮かび上がってくる。
 まなざしの層に漂う気配は、本書の名に記された「アウラ」とかさなるものではないか、そこに「まなざしを送り返す」力の秘密があるのではないかと思う。佐藤氏の写真は特有の懐かしさをもっていて、それは時間的記憶的な懐かしさというよりも、どこか幼い日々に感じていたような何かを見るということそのものにかかわる感覚的な懐かしさであり、その感覚が写真を見るまなざしによみがえりはじめる。
 普段多くの場合、日々に人が生活する中で、見ることと写真を撮ることは異なる営為である。見ることと撮ることの差異を前にして、シャッターを押す指には、撮ることのかまえが生じもする。しかし、本書には、そのようなかまえよりも交感の印象が残る。光景や場面への交感と感光がともにあり、光景の「アウラ」、写真の「アウラ」、「まなざし」の「アウラ」が、かよい合うように残された一枚一枚の写真は、『アウラ草紙』という不思議に魅力的な本書名の意義を伝えているように思う。
 佐藤亨の写真の数編を見てこの三本の解説を書き、写真集としての成立を確信したという室井光広の「まなざし」にも私たちは今更ながら胸を打たれている。写真と言葉そのものが葉書を届けあうような交感をそこに感じるのだ。(菊井崇史)



著者 佐藤亨
解説 室井光広
発行所 七月堂
発行日 2022年3月20日
A5判変形(140x170) 並製 帯付 167ページ


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